おぼえがき(あきひこのいいたいほうだい)

2018年6月ここのか、ブログ名を「古井町内会」から「おぼえがき(あきひこのいいたいほうだい)」に変更

「重要文化財願興寺本堂保存修理工事について」

2018.6.7 みたけ (101) 願興寺 - 「保存修理工事について」 1970-1400
大寺山願興寺(おおてらさんがんこうじ)について
願興寺は旧中山道御嶽宿*1にある天台宗寺院で、大寺山って号し、ふるくから蟹(可児)薬師のなでしたしまれ、ひろく民衆の崇敬をあつめてきました。
てらの草創は、寺伝(じでん)によれば伝教大師(でんぎょうだいし)*2東国下向(とうごくげこう)のみぎり、この地にとどまり、小堂を建立し、自作の薬師如来像をまつったことにはじまるっていわれております。
当初の伽藍(がらん)は、1108年に兵火によって焼亡しましたけど、貞治(じょうじ)(1362年から1367年)、応永(おうえい)(1394年から1427年)ごろには諸堂が再興されました。しかし1572年には武田信玄の兵火によりふたたび焼失し、1581年に本堂のみが再建されました。
現在の本堂はこのときのもんで、近在の百姓、玉置興次郎と市場左衛門太郎の2名が発願(ほつがん)し、近隣のひとびとから浄財をあつめて建立したっていいます。
たてもんはけたゆき7間、はりま5間、よせむねづくり、鉄板ぶきの大規模な本堂で、正面に縁と1間の向拝(こうはい)をもうけております。平面は周囲1間どおりを開放とするめずらしい構成で、意匠は正面には注力しておりますけど、ほかの部分は簡略化されており、使用されとる材料には、寺院にはあんまりもちいん、まがったはしらなどがみられます。
有力な施主をもたず、造営費用に苦心しながらも民衆がちからをあわせて建立したたてもんであることがようわかります。
保存修理工事について
願興寺本堂は、やねのふきかえなど、これまでにいくどもの修理をおこなってきましたけど、再建からおよそ430年が経過し、もはやちいさな修理ではおいつかんほどたてもんの破損が進行しておりました。
ほのため、くに、岐阜県御嵩町の補助をうけ、総事業費12億8,500万円をかけて、2017年11月より、保存修理工事をおこなうこととなりました。
こんかいの修理は「解体修理」で、たてもんをいったんすべて解体し、補修してくみなおす根本修理です。いたんどるふるい材料は、あたらしい材料にとりかえるもんもありますけど、できるだけ修理してもとのばしょにつかうことにしております。また、部材の加工やくみたてのさいにも、原則としてにほんの伝統工法をもちいます。
通常の新築工事とくらべるとてまがかかるため、工事期間はのべ105か月(8年9か月)を要し、完了は2026年7月31日となる予定です。
工事は、2018年度に本堂全体をおおう鉄骨の「すやね(素屋根)を建設し、ほのあと2019年度から解体にとりかかる予定です。
(101) 願興寺 - 「保存修理工事について」

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2018年6月なのか、おとずれた。


*1:原文では「御嵩宿」

*2:最澄(さいちょう)のこと