おぼえがき(あきひこのいいたいほうだい)

2018年6月ここのか、ブログ名を「古井町内会」から「おぼえがき(あきひこのいいたいほうだい)」に変更

出雲大社 - 観祭楼

2018.7.6 (99) 出雲大社 - 観祭楼 1500-2000
(99) 出雲大社 - 観祭楼

出雲大社は八足門(やつあしもん)のみぎにある観祭楼(かんさいろう)。風格のあるたてもんだ。


(さんこう)

  • 出雲大社(IZUMO-OYASHIRO)・観祭楼(KANSAIRO)|出雲大社-御朱印
    • 観祭楼(かんさいろう)は、楼門と同じく1667年に建てられ、1744年の造営の時に解体移築したものといれています。この建物は、途中から二階建てになっていて、その二階には2つの畳敷きの部屋があります。ここを朝廷や幕府の要人、または藩の重臣などが訪れた際、南側の境内を観ることができるようになっています。
    • 上述のように要人を迎えるため、良質な材料を使って造られています。造りは質素な「白木造り(しらきつくり)」で、総体的な組物は出組(一手先)が用いられ、これが殿舎を取り巻いています。屋根部分は「楼門」と同様に格式の高い「入母屋造(いりおもやつくり)」に、檜皮葺(ひわだぶき/ヒノキ造り)の屋根です。1階部分にあたる回廊も檜皮葺です。尚、「観祭楼」の前(南側)の敷地には、四角く石で囲まれた場所があります。かつては、ここで様々な芸能が行われていて、「観祭楼」の2階の部屋から舞楽などの芸能を観覧していたそうです。すなわちこれが観祭楼の名前の由来になっています。それを証明するかのように、正面部全面には「上部開閉式の蔀戸(しとみど)」が据えられ、またその前には前部だけに高欄(こうらん(手すり))も据えられています。その昔、観祭楼の前で祭典が催された際には、この蔀戸がいっせいに上部へ開けられ、この2階で大勢の方々が祭典を観覧していた光景が想像につきます。
    • 出雲大社の観祭楼は、境内の拝殿の奥、御本殿手前の「瑞垣内(みずかき/荒垣のさらに内側の垣根)」にある「八足門(やつあしもん)」の「東側の回廊(かいろう)」と繋がっています。