おぼえがき(あきひこのいいたいほうだい)

2018年6月ここのか、ブログ名を「古井町内会」から「おぼえがき(あきひこのいいたいほうだい)」に変更

竹鼻でみた佐久間良子さん

羽島市歴史民俗資料館・映画資料館で佐久間良子さんをみた。

2018.7.18 (72) 羽島市歴史民俗資料館・映画資料館 - 佐久間良子さん 1750-1480
2018.7.18 (71) 羽島市歴史民俗資料館・映画資料館 - 佐久間良子さん 1500-2000
(72)(71) 羽島市歴史民俗資料館・映画資料館 - 佐久間良子さん

ひとつは「越後つついし親不知(えちごつついしおやしらず)」っていう映画のポスター。いや、この佐久間良子さんの表情のなまめかしいこと。

2018.7.18 (69) 羽島市歴史民俗資料館・映画資料館 - 佐久間良子さん 840-1200
2018.7.18 (70) 羽島市歴史民俗資料館・映画資料館 - 佐久間良子さん 850-1080
(69)(70) 羽島市歴史民俗資料館・映画資料館 - 佐久間良子さん

まあひとつは羽島ウールきものの宣伝ポスター。いや、この佐久間良子さんのきものすがたのおしとやかなこと。

2018.7.18 (68) 竹鼻 - ぐるっと羽島と羽島市歴史民俗資料館・映画資料館 1390-1050
(68) 竹鼻 - ぐるっと羽島と羽島市歴史民俗資料館・映画資料館

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(さんこう)

出雲大社 - 観祭楼

2018.7.6 (99) 出雲大社 - 観祭楼 1500-2000
(99) 出雲大社 - 観祭楼

出雲大社は八足門(やつあしもん)のみぎにある観祭楼(かんさいろう)。風格のあるたてもんだ。


(さんこう)

  • 出雲大社(IZUMO-OYASHIRO)・観祭楼(KANSAIRO)|出雲大社-御朱印
    • 観祭楼(かんさいろう)は、楼門と同じく1667年に建てられ、1744年の造営の時に解体移築したものといれています。この建物は、途中から二階建てになっていて、その二階には2つの畳敷きの部屋があります。ここを朝廷や幕府の要人、または藩の重臣などが訪れた際、南側の境内を観ることができるようになっています。
    • 上述のように要人を迎えるため、良質な材料を使って造られています。造りは質素な「白木造り(しらきつくり)」で、総体的な組物は出組(一手先)が用いられ、これが殿舎を取り巻いています。屋根部分は「楼門」と同様に格式の高い「入母屋造(いりおもやつくり)」に、檜皮葺(ひわだぶき/ヒノキ造り)の屋根です。1階部分にあたる回廊も檜皮葺です。尚、「観祭楼」の前(南側)の敷地には、四角く石で囲まれた場所があります。かつては、ここで様々な芸能が行われていて、「観祭楼」の2階の部屋から舞楽などの芸能を観覧していたそうです。すなわちこれが観祭楼の名前の由来になっています。それを証明するかのように、正面部全面には「上部開閉式の蔀戸(しとみど)」が据えられ、またその前には前部だけに高欄(こうらん(手すり))も据えられています。その昔、観祭楼の前で祭典が催された際には、この蔀戸がいっせいに上部へ開けられ、この2階で大勢の方々が祭典を観覧していた光景が想像につきます。
    • 出雲大社の観祭楼は、境内の拝殿の奥、御本殿手前の「瑞垣内(みずかき/荒垣のさらに内側の垣根)」にある「八足門(やつあしもん)」の「東側の回廊(かいろう)」と繋がっています。

フラッシュに佐藤美希さん登場 - 2018年7月にじゅうよっか、31日合併号

フラッシュ - 2018.7.24・31号(ちゅうにち 2018.7.8) 1010-970
△ フラッシュ - 2018.7.24・31号(ちゅうにち 2018.7.8)

NHKのワールドカップ中継で司会をやっとる佐藤美希さんが、フラッシュ2018年7月にじゅうよっか、31日合併号にでとる。


トヨタかぶぬし総会 - 2018年6月じゅうよっか

2018.6.14 豊田 (18) トヨタかぶぬし総会送迎バス - トヨタ本館ホール 2000-1500
(18) トヨタかぶぬし総会送迎バス - トヨタ本館ホール

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「重要文化財願興寺本堂保存修理工事について」

2018.6.7 みたけ (101) 願興寺 - 「保存修理工事について」 1970-1400
大寺山願興寺(おおてらさんがんこうじ)について
願興寺は旧中山道御嶽宿*1にある天台宗寺院で、大寺山って号し、ふるくから蟹(可児)薬師のなでしたしまれ、ひろく民衆の崇敬をあつめてきました。
てらの草創は、寺伝(じでん)によれば伝教大師(でんぎょうだいし)*2東国下向(とうごくげこう)のみぎり、この地にとどまり、小堂を建立し、自作の薬師如来像をまつったことにはじまるっていわれております。
当初の伽藍(がらん)は、1108年に兵火によって焼亡しましたけど、貞治(じょうじ)(1362年から1367年)、応永(おうえい)(1394年から1427年)ごろには諸堂が再興されました。しかし1572年には武田信玄の兵火によりふたたび焼失し、1581年に本堂のみが再建されました。
現在の本堂はこのときのもんで、近在の百姓、玉置興次郎と市場左衛門太郎の2名が発願(ほつがん)し、近隣のひとびとから浄財をあつめて建立したっていいます。
たてもんはけたゆき7間、はりま5間、よせむねづくり、鉄板ぶきの大規模な本堂で、正面に縁と1間の向拝(こうはい)をもうけております。平面は周囲1間どおりを開放とするめずらしい構成で、意匠は正面には注力しておりますけど、ほかの部分は簡略化されており、使用されとる材料には、寺院にはあんまりもちいん、まがったはしらなどがみられます。
有力な施主をもたず、造営費用に苦心しながらも民衆がちからをあわせて建立したたてもんであることがようわかります。
保存修理工事について
願興寺本堂は、やねのふきかえなど、これまでにいくどもの修理をおこなってきましたけど、再建からおよそ430年が経過し、もはやちいさな修理ではおいつかんほどたてもんの破損が進行しておりました。
ほのため、くに、岐阜県御嵩町の補助をうけ、総事業費12億8,500万円をかけて、2017年11月より、保存修理工事をおこなうこととなりました。
こんかいの修理は「解体修理」で、たてもんをいったんすべて解体し、補修してくみなおす根本修理です。いたんどるふるい材料は、あたらしい材料にとりかえるもんもありますけど、できるだけ修理してもとのばしょにつかうことにしております。また、部材の加工やくみたてのさいにも、原則としてにほんの伝統工法をもちいます。
通常の新築工事とくらべるとてまがかかるため、工事期間はのべ105か月(8年9か月)を要し、完了は2026年7月31日となる予定です。
工事は、2018年度に本堂全体をおおう鉄骨の「すやね(素屋根)を建設し、ほのあと2019年度から解体にとりかかる予定です。
(101) 願興寺 - 「保存修理工事について」

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2018年6月なのか、おとずれた。


*1:原文では「御嵩宿」

*2:最澄(さいちょう)のこと